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ふゅーちゃー・ぽいんと


1.ある朝、突然に…


「う、う〜ん……」
 朝のまぶしい日差しに男は目をさまし、背伸びをしてからおもむろにカレンダーを眺めた。
「そっかぁ、今日は、オレの20歳の誕生日だったっけ… もうあれから1年かぁ…」
 男はそうつぶやくといつものようにベッドの隣に目を向けた。そして我が目を一瞬疑ったのである。そこにはいつもの光景が
無かったからだ。


 いつもの光景… 毎朝そこには小さな黒髪のおかっぱ頭の少女が、男にちょこんと寄り添うように寝ているハズである。だ
が、今朝は違った。そこ
には長い髪の15〜16歳位の女の子がいたのである。
「き…君は?誰だ? い…いったい…」
 しぼり出すような震える声で女の子に尋ねると、女の子はまだ寝ぼけ眼で
「あ…守はん… おはよう…」
と聞き覚えのある声で答えると、ニコっと微笑んだ。“守”はその声と微笑にドギマギしながらも再び
「き…君は?誰だ?」
と尋ねた。
「え〜? 守はん、なに寝ぼけてんねん。も〜おかしいわぁ」
「………?」
「どないしたん? ウチやウチ。」
「だ…誰だ? ウチ? …はっ!そう言えば、さきは何処だ?さきはどうした!?」
 守はあわててベッドから飛び起き、いつもの光景の少女“さき”を探した。
「へぇっ? なに言うてんねん、ウチやウチ、“さき”や」
 “さき”と名乗った女の子はぷうっと頬をふくらまして、不思議そうな目をして守の顔を覗き込んだ。


「えっ!?さき!? …そ…そんなバカな!?」
 守は取り乱しながらそう叫んだ。
「もうっ! しっかりしぃや、熱でもあるんかいな“守”はん!」
 そう答えた関西弁は紛れもない“さき”の声だった。
「で…でも、その姿」
「へっ?」
 守は部屋の奥にある姿見を指差すと、“さき”も姿見を見る。姿身の鏡の中の写っている女の子に気づくと急に怒り出した。
「だ…誰や! この女! 守はん、ウチが寝てる間に知らん女引っ張り込んで!」
「バ…バカ! お前だ!」
「はぁっ? なにとぼくれてんね……ひええっ!?」
 すっとんきょうな声で叫んで、今度は“さき”が取り乱した。
「ど…どないなってんねん! 守はん、いったいどうゆう事やの!?」
「オ…オレが知るか!」
 そして二人は顔を見合わせて凍りついてしまった。


 2〜3分経っただろう、突然の目覚ましの音で守はハッと我にかえった。守は慌てて目覚ましを止めると、まだボーゼンとして
いる姿見を見ている
さきに声をかけた。
「さき! さき !大丈夫か?」
「ウチ… ウチ… どないしたんやろ…」
 さきは震える声で呟いた。
「こないアホな事があるやろか? 座敷童子が大人になるなんて…」


 そう、“さき”は座敷童子だ… いやだったのである。
 さきは守が5歳の時、渡家に住み憑いた。しかし、元来のドジさ加減と妖力が弱かった上、本来、東北地方の妖怪である座敷
童子が関西弁を喋
るという奇妙なキャラクターにより、なかなか渡家に幸福をもたらすことが出来なかったのである。
 やがて守が大学1年となったある日、人間には見られるはずもないその姿を、何故か守に見られてしまう。妖力が弱まったせ
いかも知れない、ま
た元来霊感(?)の強かった守だったからかも知れないが、守に見られてしうのである。
 守に姿を見られ、その存在意義さえも失いかけたが、守の
 『別に不幸を責める気はないよ。オレは不幸なんて別に気にしないよ、結構、楽天家だから』
というひと言で、
 『自分に残された最後の存在意義は、家に住み憑くのではなく、この人物に棲み憑くことだ。家を幸福にするのではなく、残っ
た妖力でこの人物
を少しでも幸福にするのだ』
という結論に達し、二人は結ばれたのであった。
 そして守から“さき”という名前をもらう。二人はそれ以降、数々の障害・危機を乗り越え、やがて愛情を深めていき、今日に至
るのである。


「いったいなにがどうなってるんだ? さき…」
「ウチにもようわからん… 守はん… ウチ怖いわ…」
 そう言ってさきは守の腕に飛び込んで来た。そこにはいつものさきはいなかった。おかっぱ頭で気が強く、ちょっとワガママ
で、妙な自信を持って
関西弁で騒ぐあの小さなさきではない。やわらかな長髪の、少女というよりは大人の女性の仲間入りを始めたばかりの女の子
が、弱々しくおびえ
るように守の腕の中で震えて泣いているのである。
 そんなさきの姿を見つめながら、守は思った。
 『そうだよ、さきも女の子なんだよ。“座敷童子”と言っても女の子なんだよ。普段は強気で強がってオテンバしているけど、中
身は繊細で一途な
可愛い女の子なんだよ。こんなに不安におびえてるじゃないか!
 そしてオレをこんなに慕ってくれているじゃないか! オレがしっかりしなきゃ!』
 そう誓って決心すると、まだ震えている可愛い女の子を、優しくそして愛しく抱きしめた。


「あっ… 守はん…」
 さきの肩がピクっと震えた。まだ身体を堅くしているさきの耳元に守がささやく。
「大丈夫さ…大丈夫だよ、さき…、姿は変わっても、さきはさきじゃないか… 心まで変わってはいないんだろう? いつも活発
で、元気いっぱいオレ
を慕ってくれるままのさきだろ?」
「……うん…」
 さきはそう弱々しく返事をすると、少しは落ち着いたのかやっと泣き止んだ。守はまだ震えているさきのおでこに、軽く優しくキ
スをして再びささや
いた。
「大丈夫、オレの大好きなさきはそのままさ…オレはここにいるよ、今も、そしてこれからもずっと…」
「…うん、ありがとぉ……」
 そう言ってさきは安心したように深く守の胸に顔をうずめると、泣き疲れたのか、そのまま眠り込んでしまった。
 『こんなさきは初めてだ…』
 眠り込んでいるさきの顔を優しく見つめながら守は思い出していた。
 『いや一度だけ見たことがあるな。そう、初めての日だ…あれは去年の誕生日だったっけ…』
 それはさきが初めて守に見られていると気づいた日だった。


 前々から、和服のおかっぱ頭の小さな女の子が自分の家にいるのはわかっていた。ただ、はっきりと見えているのでなく、な
んとなくその姿を感
じそこに存在しているのがわかっているという程度であった。元々霊感のあった自分だったから感じていたのだ。その証拠に母
も亡くなった父も、
遊びに来る友人にも見えてはいなかったのだから。その感じは、自分が成長するにつれ、だんだんと影みたいに見えるように
なった。
  見えている少女は別に害をもたらす者では無い事は本能的に感じたので、ほおっておくことにした。逆に、はしゃいだり落ち
込んだりする様を見
ているのが面白かったのである。また、小さな頃から一緒だったせいか、親しみと安心感を覚えていたのも確かではある。熱が
出て寝込んだ時に
は心配して側についてくれた事もある。そんな時も心配したり落ち込んだりと忙しく変化する様を見てると、熱の苦しさや辛さが
和らいでいったので
あった。
 両親は共働きで、普段は家で一人ぼっちだった自分にとって、その存在がだんだんと大きくなっていき、まるで家族のような
存在なっていき、い
つか話せたらなぁと思うようになった。
 そんな19歳の誕生日の日、いつもと違う雰囲気に気がついた。いつもよりその姿をはっきりと見る事ができたし、少女がなぜ
かおどおどしている
のである。少女が初めて「自分は見られている」と感じた時だった。
 少女はおびえ震えながら自分は“座敷童子”であると名乗った。そして座敷童子なのに何故かこの家を幸せに出来ない事、
自分は落ちこぼれで
ある事、妖力が弱まっている事、さらに見られた上、幸せに出来ない自分が捨てられるのではないかと心配している事を守に
語ったのである。
 守は少女と話せた事への喜びを隠して、不安におびえる少女と話し合った。


 『その時も今日みたいにおびえて震えて泣いていたなぁ…』
 守はそんなさきの姿を思い出しながらため息をついた。
 『さて、これからどうなるんだ? …大人になったという事は、“童子”ではなくなったという事だよなぁ…
 “座敷少女”か? まさかそんなの聞いた事もないし…
  ま…まてよ! “座敷童子”じゃないという事は、他の人間にも見えてしまうって事じゃないのか? ま…まさか人間になって
しまったのか!?
 えっえーーーーー!?
  で…でも、オレがさきを護るってさっき誓ったばっかりじゃないか!』
 すやすや寝息をたてるさきの横で、守が独り頭を抱えた時であった。
「ごめんください。」
 玄関から女性の声が響いてきた。


「ごめんくださぁ〜い」
 再び声が響く。守はさきが心配で玄関には出なかったので、来訪者が再度声をかけたのである。母は昨日は夜勤だったた
め、まだ帰宅していな
い。だか守は応対しようとは思わなかった。やはりさきが心配だったのだ。
だが、玄関から聞こえてきた次の言葉に慌てた。
「渡守さぁ〜ん、座敷童子のさきさぁ〜ん、いませんかぁ〜?」
 さきを慌てて、しかし優しくベッドへ寝かすと、急いで玄関へと駆け出す。
「ちょっ…ちょっと待ってくださぁ〜い!」
 玄関のドアをあけて守はぎょっとした。


「さき?」
 そこにいたのは、座敷童子だった頃のさきによく似た女性だった。いや、髪形が少し違う、服も洋服だ、背も随分と高い、160
cmはある。なにより
童顔の割には落ち着いた雰囲気が、座敷童子というにはあまりにもかけ離れた年齢に見えた。
 とまどう守を見て女性はニッコリと静かに微笑んだ。
「あなたが、“渡 守”さんですね。はじめまして、わたくしは“サエ”と申します」
「サ…サエさん?」
「はい、実はわたくしはさきの母親なんです」
「えっ! ええっーーーーーーーーー!!」
 守は思わず大声を出してその場にペタっとへたり込んでしまった。





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